まちの人との出会いが教えてくれた、 自分の人生を豊かにする「暮らし」の選び方

一度は別の大学で学びながらも、「自分らしい生き方」を模索して京都市立芸術大学(以下、京都芸大)へと再入学した中原田彩那さん。彼女が専攻する「構想設計」という分野での学びは、やがて大学を飛び出し、下京区・崇仁地域の人々との出会いへとつながっていきました。

なぜ彼女は、このまちに惹かれ、ここを「暮らしの拠点」に選んだのでしょうか。地域の日常に溶け込み、そこにある小さな優しさに触れながら見つけたまちの魅力がありました。

日常の風景がまちへの興味に変わるまで

中原田さんの経歴は少しユニークです。もともとは4年制大学の外国語学部に在籍していましたが、就職活動の時期を迎え、自身の将来に違和感を抱いたといいます。

「このまま一般企業に就職するのは、自分のやりたいことと少し違うと感じていました。昔から作ることや絵を描くことが好きだったので、芸大に行ったらもっと違う道があるかもしれないと思い、京都市立芸術大学に入り直しました。」

京都芸大でプログラミングや映像制作に取り組むなかで、転機となったのは、河原町から大学へと歩いて通う日々でした。毎日、通りすぎるまちやそこに暮らす人たちのことを、自分は何も知らない。その事実に、ふと疑問を抱きました。

「制作は、どうしても部屋に籠もる個人作業が多くなります。でも、私にはそれが少し寂しく感じられました。もっと自分が意味があると思えること、誰かの役に立てることをしたい。そう考えたとき、大学周辺の地域をテーマにしようと決めました。」

「知りたい」という純粋な動機が、地域に踏み出すきっかけとなりました。

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今までの地域とのつながりを思い出しながら、丁寧に話してくれました

「お店」はまちと外をつなぐ入り口

初めて足を踏み入れる地域に対して不安はなかったのでしょうか。

「地域のみなさんは、とても温かい方が多いです。お店の方も、初めて訪れたにも関わらず友達のお母さんみたいに話しかけてくださり、それがとても嬉しかったです。」

よそよそしい挨拶ではなく、まるで親戚のように迎え入れてくれる土壌がある地域。顔を合わせる回数を重ねることで、自然と「また来たね」という関係性を築いていきました。

中原田さんが卒業制作のテーマに選んだのは、そんな「お店」でした。地元の人が日常的に使い、地元の食材や料理がある場所。同時に、誰でも入ることができる開かれた場所。自身の経験を通じ、「お店」こそが地域を知るための入口になると実感したのです。

「私が大学での展示で地域のお店を紹介することで、今まで地域と関わる機会が少なかった方が少しでも知るきっかけになったらいいなと思っています。」

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店舗の左手にある可愛らしい看板
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アミーのコーヒカップ&ソーサーは、展示にも登場していました

住みやすさも、地域との温かなつながりも

中原田さんの地元は、静かな住宅地で、地域とのつながりはそれほど深くなかったそうです。それに比べて、大学のある崇仁地域からは、「地域を盛り上げよう」という思いを感じるといいます。また、利便性が高く住みやすい一方で、どこか懐かしいつながりが残る魅力もあります。

現在は、毎週木曜日に地域のサロンに行くことが日課になりました。地域の方々と料理や健康の話をしたり、折り紙をしたりして過ごしています。

「今日は木曜日だな、と地域のみなさんに会えることが楽しみになっています。学生と地域の方々が一緒にお話をしたり、ご飯を食べたりする様子は、外から見たら非日常かもしれませんが、私にとってはかけがえのない、楽しい日常なんです。」

 

これからも関わり続けたいからこその「あえて」の選択

2026年4月から大阪での就職が決まっている中原田さん。実は、昨年11月にあえて大学周辺のエリアへと引っ越しをされました。勤務先へのアクセスを優先すれば、もっと便利な場所は他にもありましたが、中原田さんが選んだのは「下京」という地でした。

「仕事は、離れていても行かなければならないもの。でも、休日に地域の方々に会いたいと思った時、家が遠かったらどうしても足が遠のいてしまうと思うんです。」

地域の人と関わることが、自分の人生をより豊かにしてくれる。そう実感しているからこそ、大切にしたいコミュニティの側に住む決断をしました。

「崇仁というエリアは、私にとって『ここにいてもいいんやな』と思える場所。外から来た私を、そのまま受け入れてくれる寛容さに心から感謝しています。」

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お店に入ったときに、笑顔で挨拶を交わす様子がとても印象的でした

(2026年1月取材)